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泥憲和氏自称元自衛官元陸自防空ミサイル部隊という謎と泥憲和氏のしばき隊や男組神戸支部長という論理的矛盾経歴の謎部落解放同盟より民主商工会、日本共産党員という不可思議な経歴また突然マイクを借りて集団自衛権反対演説するという事が東京新聞の一面になる仕込みの疑惑など自称元陸自元自衛隊員泥憲和氏経歴の嘘疑惑と暴力集団しばき隊や男組所属問題の正体とTwitter発言や集団的自衛権について検索から探し最近は泥憲和先生は講演会も引っ張りだこ、でもなぜか経歴が良くわかりませんですから 泥憲和wiki泥憲和正体泥憲和左翼泥憲和反日泥憲和余命泥憲和facebook泥憲和プロフィール泥憲和ブログ泥憲和本泥憲和 元陸自街頭にて突然飛び入りでマイクを貸してもらいました。泥憲和 東京新聞一面泥憲和 飛び入り演説一面記事泥憲和 経歴泥憲和 嘘泥憲和 慰安婦泥憲和 余命泥 憲和 正体泥 憲和 男組泥憲和 反日泥憲和 元自衛官泥 憲和 左翼泥 憲和 wiki泥憲和 平和泥憲和 69年の平和泥憲和 70年の平和泥憲和 平和泥憲和男組神戸支部長泥憲和先生の真実を検証する泥憲和自衛官 泥憲和元自衛官泥さん集団的自衛権集団的自衛権泥泥憲和経歴泥憲和wi泥憲和嘘 泥憲和正体泥憲和左翼泥憲和反日たかが内閣差別撤廃 東京大行進 The March on Tokyo for 泥憲和悪性リンパ腫心配泥憲和時代や歴史とは何か泥憲和悪性リンパ腫心配泥憲和体調心配泥憲和体調心配泥憲和プロフィール謎泥憲和余命心配泥憲和嘘?泥憲和経歴謎泥憲和 泥憲和様泥憲和さん泥憲和氏どろのりかず泥憲和泥憲和様泥憲和さん泥憲和氏どろのりかず泥憲和プロ市民?泥憲和日本共産党?泥憲和左翼?泥憲和正体謎泥憲和本泥憲和反日?元自衛官泥憲和?泥憲和日本共産党?自衛官泥憲和?元陸自?泥憲和大阪民主新報かもがわ出版泥憲和本泥さん集団的自衛権反対 泥憲和集団的自衛権泥憲和大阪民主新報泥憲和街頭にて突然飛び入りでマイクを貸してもらいました。泥憲和見せかけの平和防空ミサイル部隊?泥憲和慰安婦泥憲和男組神戸支部長かもがわ出版泥憲和集団的自衛権泥憲和プロフィール謎泥憲和余命心配泥憲和嘘?泥憲和経歴謎泥憲和自衛官?泥憲和大阪民主新報かもがわ出版泥憲和本自衛官泥憲和?元自衛官泥憲和?泥憲和プロ市民?泥憲和元自衛官?泥さん集団的自衛権集団的自衛権泥泥さん集団的自衛権泥憲和自衛官?泥憲和元自衛官?防空ミサイル部隊?泥憲泥憲和自衛官?和集団的自衛権泥さん集団的自衛権泥憲和日本共産党?泥憲和大阪民主新報かもがわ出版泥憲和本泥憲和経歴泥憲和経歴泥憲和wiki泥憲和嘘泥憲和正体泥憲和左翼泥憲和反日泥憲和男組神戸支部長泥憲和男組神戸支部長泥憲和wikiあざらしじいさん泥憲和(@ndoro19542566)泥憲和経歴謎泥憲和肩書謎泥憲和肩書疑惑泥憲和肩書泥憲和元陸自泥憲和謎泥憲和防空ミサイル部隊謎泥憲和経歴泥憲和嘘泥憲和慰安婦泥憲和余命泥憲和正体泥憲和男組神戸支部長泥憲和反日泥憲和元自衛官泥憲和左翼泥憲和wiki泥憲和2ch泥憲和元陸自M5175mm高射砲泥憲和かもがわ出版泥憲和しばき隊慰安婦泥憲和元自衛官いわゆる慰安婦泥憲和プロ市民時代の不幸泥憲和集団的自衛権MSN東京新聞 泥憲和-Bing安倍首相ら「日本」を取り戻せ! ! 泥憲和男組関西支部長男組神戸支部長泥憲和経歴泥憲和嘘? 泥憲和慰安婦泥憲和 余命泥 憲和 正体泥 憲和 男組泥憲和正義の味方泥憲和 反日 泥憲和反差別運動泥憲和 元自衛官泥 憲和 左翼泥 憲和 wiki泥憲和経歴泥憲和しばき隊泥憲和wiki泥憲和投票誘導?泥憲和正体泥憲和仕込み?泥憲和左翼泥憲和反日 泥憲和男組神戸支部長泥憲和余命心配泥憲和facebook泥憲和プロフィール泥憲和ブログ泥憲和嘘泥憲和wiki泥憲和正体泥憲和左翼泥憲和反日泥憲和余命泥憲和ebook 泥憲和プロフィール泥憲和ブログ泥憲和本泥憲和 元陸自泥憲和 69年の平和泥憲和 70年の平和泥憲和 平和泥憲和 平和泥憲和 集団的自衛権街頭にて突然飛び入りでマイクを貸してもらいました。東京新聞一面戦争法案反対泥憲和 東京新聞一面 集団的自衛権三要件泥憲和 飛び入り演説一面記事集団的自衛権集団的自衛権反対泥憲和 慰安婦泥憲和 元自衛官泥憲和 余命泥 憲和 左翼泥 憲和 正体泥 憲和wiki 元自衛官泥憲和泥憲和しばき隊泥憲和大阪民主新報泥憲和かもがわ出版東京新聞泥憲和泥憲和泥憲和正体元自衛官泥泥憲和左翼泥憲和経歴泥憲和反日泥憲和wiki 泥憲和余命泥憲和嘘泥憲和facebook泥憲和経歴泥憲和反日泥憲和wiki泥憲和余命 泥憲和嘘泥憲和facebook泥憲和正体泥憲和プロフィール泥憲和左翼 東京新聞元自衛官すごい説得力ー強烈な安倍首相批判=元自衛官泥憲和wiki泥憲和正体泥憲和翼泥憲和反日泥憲和余命泥憲和facebook泥憲和プロフィール泥憲和ブログ泥憲和本 泥憲和元陸自泥憲和経歴に関連する検索キーワード泥憲和wiki泥憲和左翼泥憲和正体泥憲和反日泥憲和余命泥憲和facebook泥憲和プロフィール泥憲和ブログ泥憲和本 泥憲和 元陸自街頭にて突然飛び入りでマイクを貸してもらいました。泥憲和 東京新聞一面泥憲和 飛び入り演説一面記事泥 憲和 嘘泥憲和 経歴泥憲和 慰安婦泥憲和 余命泥 憲和 正体泥憲和 反日泥 憲和 男組泥憲和 元自衛官泥 憲和 左翼泥 憲和 wiki泥憲和 経歴泥 憲和 嘘泥憲和 慰安婦泥憲和 余命泥 憲和 正体泥 憲和 男組泥憲和 反日泥憲和 元自衛官泥憲和facebook泥憲和プロフィール泥憲和余命泥憲和反日泥憲和左翼泥憲和正体泥憲和wiki泥 憲和 wiki泥 憲和 左翼泥憲和 2ch泥憲和 元陸自泥憲和 かもがわ泥憲和 大阪民主新報泥憲和 しばき隊泥憲和 元自衛官泥 憲和 プロ市民泥憲和 集団的自衛権東京新聞 泥憲和泥憲和 経歴泥 憲和 経歴泥 憲和 嘘 泥 憲和 しばき隊泥 憲和 左翼泥 憲和 wiki泥憲和 元自衛官泥 憲和 正体泥憲和 反日泥 憲和 男組泥憲和 余命泥憲和 慰安婦泥憲和 氏に関連する検索キーワードなどから検証するブログです  

カテゴリ: 泥憲和集団的自衛権反対

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今回は、国内に焦点を当ててみよう。

読むべき本が多々あり、悩んだのだが、「日本人のための憲法原論」。

これが良いと思う。動画の中で、橋爪先生も薦めておられる。

最低でも10回くらいは読みたい著作だ。

憲法論議が盛んになっている現在、これほど適切な書物は他に中々見当たらない。

憲法とは一体何なのか?」

原理原則に遡り、本質的な部分だけを切り出して分析する、小室先生の真骨頂を見られるだろう。

小室先生の晩年の著作は、格調高い文章になっているので、

読んでいて清々しいのも特徴的だ。

個人的には、80年代の剛胆無比で蛮勇な著作も好きだが。


さて、著作の紹介に入ろう。

講義形式で進められており、大変分かりやすいのはもちろんのこと。

思わずドキッとするような質問を投げかけて来られたりして、

小室先生と対話をしているかのような臨場感を味わうことができる。

巷(ちまた)に溢れる憲法学の本なんかとは、雲泥の差である。


本書は歴史的な構成をとっている。。

それは、憲法が歴史的な所産だからだ。

憲法は、ある日、ある時、突如として現れたのではなく、長い時間をかけて、

諸々の現象が複雑に絡み合う中で生まれたきたもの。

だから、その本質を知ろうと思ったら、歴史を遡らなくてはならない。

憲法とはこういうものである、と分析的に定義を下すことはできるが、

それを知るだけでは、何も分かったことにはならないのが憲法

その背後にある、情勢や悲劇、希望、欲望など、そうしたものも同時に知らなければならないのだ。


類比を使って、書くとこうなる。

「日本人とは何か?」という問いに対して、「日本国籍を持っている人だ」と答えるのは簡単。

あるいは、「日本語を話す人だ」と答えるかもしれない。

でも、それでは何も分かったことにはならないのは明らかだろう。

日本人の本質を知ろうと思えば、やっぱり歴史を遡って行くしかない。

本書を通じて一貫した考え方は、憲法は生き物である、ということ。

憲法は生きているのか、死んでいるのか。

憲法の条文にどんな立派なことが書いてあったとしても、それが慣習として定着していなければ、

憲法は無いのと同じ。憲法は死んでいるということ。

この判定こそ、本書のアルファでありオメガであり、憲法学の最も根幹の部分である。

そして、生徒の「日本の憲法は死んでいるのか」という問いに対して、

小室先生は、日本の憲法は死んでいる、と断言する。

また、日本は、民主主義でも、資本主義でもなく、日本に憲法は無い。

日本のご臨終も間近であると言う。

では、日本の憲法民主主義を蘇らせるには、どうすればいいのか?

小室先生は答える。

「現実を直視しなさい」と。

最後に、丸山眞男の言葉で締めくくる。

民主主義をめざしての日々の努力の中に、初めて民主主義は見出される」。


以上が、本書の大まかな内容である。


日本は、民主主義であり資本主義である、なんてことは、小中学校の教科書の中だけのこと。

今や常識となりつつある。

議会もある、成文憲法もある、選挙もやっている。

でも、民主主義ではない。

これらがあるだけでは、民主主義ではない。

エジプトベネズエラなんかにもあるが、まさかこれらの国々を民主主義だという人はいないだろう。

日本も同様で、民主主義に必要な部品はいくつか存在するが、

根本的なものがいくつも欠けている(*)。

民主主義である、ということと、かなり民主主義に見えるということの間には、大きな壁がある。

これらの2つは、全く異なったものなのだ。

毫釐(ごうり)の差は千里の謬(あやま)りの一例。

カール・シュミットの言う中性国家(neutraler Staat)なんて、夢のまた夢。

そんなのは妄想の領域に近い。

中世国家としてなら、実現しているのだが。

民主主義どころか、それよりずっと手前、自由主義の段階にすら達していない。

安倍首相を筆頭とする、超国家主義者(2-4参照)が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)しているのを見れば明らか。

不支持率が7割か8割くらいでもおかしくないと思うが、現実は全く逆だった。

何とも不思議な光景である。普通の民主主義諸国ではありえないことだろう。

憲法を蘇らせるには、まずは、この現実を認識することから出発するしかないのだ。

そのためにも、小室直樹博士の著作を読み返そう。

博く之れを学び、審(つまび)らかに之れを問い、慎んで之れを思い、

明らかに之れを弁じ、篤く之れを行う (「中庸」第20章)。


因みに、本書の姉妹編「憲法とは国家権力への国民からの命令である」が7月に再刊になった。

本書は、「憲法原論」だが、姉妹編は「日本国憲法」に絞ってある。

より現実に近い内容。

こちらも参照するのが良いだろう。

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今回は、国内に焦点を当ててみよう。

読むべき本が多々あり、悩んだのだが、「日本人のための憲法原論」。

これが良いと思う。動画の中で、橋爪先生も薦めておられる。

最低でも10回くらいは読みたい著作だ。

憲法論議が盛んになっている現在、これほど適切な書物は他に中々見当たらない。

憲法とは一体何なのか?」

原理原則に遡り、本質的な部分だけを切り出して分析する、小室先生の真骨頂を見られるだろう。

小室先生の晩年の著作は、格調高い文章になっているので、

読んでいて清々しいのも特徴的だ。

個人的には、80年代の剛胆無比で蛮勇な著作も好きだが。


さて、著作の紹介に入ろう。

講義形式で進められており、大変分かりやすいのはもちろんのこと。

思わずドキッとするような質問を投げかけて来られたりして、

小室先生と対話をしているかのような臨場感を味わうことができる。

巷(ちまた)に溢れる憲法学の本なんかとは、雲泥の差である。

本書は歴史的な構成をとっている。。

それは、憲法が歴史的な所産だからだ。

憲法は、ある日、ある時、突如として現れたのではなく、長い時間をかけて、

諸々の現象が複雑に絡み合う中で生まれたきたもの。

だから、その本質を知ろうと思ったら、歴史を遡らなくてはならない。

憲法とはこういうものである、と分析的に定義を下すことはできるが、

それを知るだけでは、何も分かったことにはならないのが憲法

その背後にある、情勢や悲劇、希望、欲望など、そうしたものも同時に知らなければならないのだ。

類比を使って、書くとこうなる。

「日本人とは何か?」という問いに対して、「日本国籍を持っている人だ」と答えるのは簡単。

あるいは、「日本語を話す人だ」と答えるかもしれない。

でも、それでは何も分かったことにはならないのは明らかだろう。

日本人の本質を知ろうと思えば、やっぱり歴史を遡って行くしかない。

本書を通じて一貫した考え方は、憲法は生き物である、ということ。

憲法は生きているのか、死んでいるのか。

憲法の条文にどんな立派なことが書いてあったとしても、それが慣習として定着していなければ、

憲法は無いのと同じ。憲法は死んでいるということ。

この判定こそ、本書のアルファでありオメガであり、憲法学の最も根幹の部分である。

そして、生徒の「日本の憲法は死んでいるのか」という問いに対して、

小室先生は、日本の憲法は死んでいる、と断言する。

また、日本は、民主主義でも、資本主義でもなく、日本に憲法は無い。

日本のご臨終も間近であると言う。

では、日本の憲法民主主義を蘇らせるには、どうすればいいのか?

小室先生は答える。

「現実を直視しなさい」と。

最後に、丸山眞男の言葉で締めくくる。

民主主義をめざしての日々の努力の中に、初めて民主主義は見出される」。

以上が、本書の大まかな内容である。


日本は、民主主義であり資本主義である、なんてことは、小中学校の教科書の中だけのこと。

今や常識となりつつある。

議会もある、成文憲法もある、選挙もやっている。

でも、民主主義ではない。


これらがあるだけでは、民主主義ではない。

エジプトベネズエラなんかにもあるが、まさかこれらの国々を民主主義だという人はいないだろう。

日本も同様で、民主主義に必要な部品はいくつか存在するが、

根本的なものがいくつも欠けている(*)。

民主主義である、ということと、かなり民主主義に見えるということの間には、大きな壁がある。

これらの2つは、全く異なったものなのだ。

毫釐(ごうり)の差は千里の謬(あやま)りの一例。

カール・シュミットの言う中性国家(neutraler Staat)なんて、夢のまた夢。

そんなのは妄想の領域に近い。

中世国家としてなら、実現しているのだが。

民主主義どころか、それよりずっと手前、自由主義の段階にすら達していない。

安倍首相を筆頭とする、超国家主義者(2-4参照)が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)しているのを見れば明らか。

不支持率が7割か8割くらいでもおかしくないと思うが、現実は全く逆だった。

何とも不思議な光景である。普通の民主主義諸国ではありえないことだろう。

憲法を蘇らせるには、まずは、この現実を認識することから出発するしかないのだ。

そのためにも、小室直樹博士の著作を読み返そう。

博く之れを学び、審(つまび)らかに之れを問い、慎んで之れを思い、

明らかに之れを弁じ、篤く之れを行う (「中庸」第20章)。


因みに、本書の姉妹編「憲法とは国家権力への国民からの命令である」が7月に再刊になった。

本書は、「憲法原論」だが、姉妹編は「日本国憲法」に絞ってある。

より現実に近い内容。

こちらも参照するのが良いだろう。


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さて、今、小室直樹の著作を読むなら、何が良いだろうか。

今回は、国際政治に焦点を当ててみよう。

まず、動画の中でチラッとだけ出てくる「新戦争論」。

それと「世紀末・戦争の構造 国際法知らずの日本人へ」。

この2冊が良いだろう。

シリア問題、及び、もっと一般の国際関係をを考える上でのヒントが隠れているはずだ。


それぞれ、簡単に内容を書き留めておこう。



「新戦争論」は、真の平和主義者たる者、如何にすべきか?を研究した著書である。

特徴は、文明史的な本質にまで遡って考察していること。


小室先生達は、空想的な平和主義者が戦争を起こす、という命題から出発する。


そして、戦争も平和も"制度"であり、高度な文明の所産である、という大前提を深く掘り下げる。


最後に、真の平和主義者のあるべき姿を提示する、という内容。


「新戦争論」は、小室先生とホセ・マリア・アラネギ氏らとの共著。


このホセ氏は、天下の木鐸(ぼくたく)であり、真のエリートである色摩力夫氏。


色摩氏は、この当時、現役の外交官であったのでペンネームでの共著。


色摩氏は、英語、フランス語ドイツ語スペイン語国際法に深く通じるのはもちろん、


歴史に対しても透徹した目をお持ちだ。


それ故、条約の訓詁(くんこ)に陥ることなく、国際的な水準で、戦争・国際法の本質的な部分を論じている。


今の日本に100人くらい色摩氏のような外交官がいれば、英仏でさえも目じゃない。


とてつもない外交大国になっているだろう。


そんな色摩氏と、社会科学の大天才の共著である。


画期的な著書にならない道理があるはずがない。


また、「紛争は解決されるべし」という文明の鉄則が強調されている。


これは、シリア問題にもそのまま適用できる。


シリアなんて、日本人からしてみたら、遠い異国。大した外交関係があるわけでもない。


そんな場所での紛争なんて、放っておけばいいじゃん。

と、こう感じる方、感じていた方もいるかもしれない。

がしかし、国際社会とは単純なものではない。

シリアの紛争が、日本に直接的な効果を及ぼすことはないとしても、間接的な効果を及ぼすことはありうるのだ。

「俺、関係ねーもん」と思っていても、巡り巡って、その波及効果が襲いかかってくる。

紛争を放っておくと、国際社会自家中毒に陥り、挙げ句の果てに日本にまでその毒が回ってくるのだ。


それは、今の日本の状況を見れば分かるだろう。


「紛争は解決されるべし」とは、文明の鉄則である。

今後、サイバー戦争も起きるかもしれない。

しかし、それも舞台が変わり、戦争の方法が変わるだけのこと。

その場合でも、本書の内容は失われることはない。

戦争よりも、合理的かつ実効的な制度ができあがらない限り、戦争は無くならないからだ。

この先、数十年程度では、人類はとてもそこまで辿り着かないだろう。

それ故、何度も繰り返し読む「古典」として位置づけるのにふさわしい。



世紀末・戦争の構造 国際法知らずの日本人へ」は、国際法をその根源にまで遡って研究した著書である。

国際法は、どこから、どのようにして生まれたのか?

歴史的な構成を取りながら、比較宗教分析の手法を織り交ぜて、大胆かつ精緻に分析する。

出生の秘密(status nascens)にまで遡って、国際法を徹底的に解剖する。

そして、戦争の意味の変遷についても論ずる。

最後は、湾岸戦争の分析、という内容。

国際法は、第二次世界大戦後も、その本質においては変化していない。

未だ、国際社会には、各主権国家よりも、上級の権威の存在が無い。世界連邦も存在しない。


国際司法裁判所なども強制力を持たない。判決を出してお終い。その判決を強制することはできない。


制定された条約や下された判決も、それが法になるとは限らない。


しっかりと法になれず、消えて行く場合(désuétude)も多々ある。


そうするうちに、定着したものが国際法になる。


それ故、国際法は、本質的に(intrinsically)慣習法にならざるをえない。


主権国家よりも上級の権威が出現し、なおかつ、それが正統性を有して存続しない限り、


国際法は、本質的に慣習法のままである。


また、小室先生は、湾岸戦争フセインの行動とその世界史的意味を分析する。


そこで、それまでの国際法(列強意志は貫徹される)が吹っ飛んだことを指摘している。


そして、米ソ列強政治が終焉し、危機の時代が到来することを断言している。


流行の言葉で言えば「Gゼロ」の時代の到来。


まさに、今の状況である。


この危機の時代、ここまで正確に見通していた小室先生ならば、どんな提言をなさるのか。


もはや聞くことができないのは、誠に残念である。


これを出発点として考える他ない。


以上、ざっと見た通り、小室直樹博士の著書は、今でもその価値を失っていない。

それどころか、国際社会が手に負えないほど複雑になった今こそ、

小室直樹博士の著書を読んで、その原理原則から考え直す必要がある。

故きを温めて新しきを知る(「論語」為政篇)。


訂正



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安保法制可決ですね


安全保障法制なんですが、


どうして、戦争法案になるのか?



訂正


加筆修正しました

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