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宮地健一のホームページ

共産党がひた隠す党内ワーキングプア・無契約専従実態

 

専従給料30~40歳で手取り約10万円のワーキングプア

失業保険金・退職金・法的地位なしの無権利革命家4000人

 

(宮地作成)

 5、専従の法的地位-雇用契約者、有償委任契約者か、無契約・無権利革命家か

 

 〔小目次〕

   1、専従の法的地位に関する職業革命家4000人の意識

   2、日本共産党との裁判における宮地主張=雇用契約者

   3、法的地位にたいする共産党の無回答=沈黙・隠蔽とその本音

   4、名古屋地裁仮処分決定の内容=有償委任契約者

   5、本訴訟の宮地主張=雇用契約者、認められなければ、有償委任契約者

   6、フォンフォン見解=雇用契約・雇用保険料・最賃法・10万円嘘→その破綻と撤退

   7、共産党員チェ・ゲバラ見解とそれにたいする私の掲示板反論

 

 yahoo掲示板「川柳」におけるフォンフォンこと非共産党員・不破哲三ファン20歳代の見解にたいする反論をいろいろしてきたが、以下の専従法的地位の討論を引き出した反面功績があった。また、討論に参加し、岡野進批判を繰り広げた多くの投稿者に感謝する。というのも、私の裁判1977年以降、無契約・無権利ワーキングプア4000人実態日本共産党の民法無視・違反犯罪については、30年間一度も話題にならなかったからである。ただ、以下の〔小目次〕内容は、別ファイルで詳細に分析したので、ここではごく簡潔なまとめにとどめる。

 

    第8部『世界初・革命政党専従の法的地位判例』

 

 1、専従の法的地位に関する職業革命家4000人の意識

 

 日本共産党専従とは、レーニン『なにをなすべきか』における職業革命家の党という理論を基礎としている。労働運動は、自然成長にとどまり、社会主義理論に到達しえない。正しい科学的社会主義理論は、よく訓練されたインテリゲンチャの職業革命家が、その外部から持ち込まなければならない、とするエリート職業革命家絶対視=労働運動・大衆運動蔑視というレーニンの誤った外部注入理論から生れたシステムである。その閉鎖的上意下達秘密組織は、国家権力の弾圧下の非合法状態においては、暴力革命による権力奪取をするための絶対必要条件でもあった。

 

 共産党が、不破綱領においても社会主義実現路線を放棄していない以上、この4000人は、レーニンの言う職業革命家集団そのものである。これだけの専従者を抱える政党は、日本で他にない。参考までに、上記1998年朝日新聞での共産党本部専従1000人にたいし、他党の中央レベル職員数を見ると、公明党約540人、自民党約160人、社民党55人、民主党40人となっている。この人数比較・比率こそ、日本共産党がレーニン型前衛党の組織体質を隠蔽・堅持してきた政党ということを証明している。

 

 それだけに、4000人は、外部注入理論に基づく、うぬぼれたエリート意識が高い。私も、1967年、21日間の監禁査問と、2年後第2次愛知県指導改善運動が宮本顕治によって全面鎮圧されるまでは、同じエリート意識で、地区常任委員(=現在で5つの地区委員長)として、党中央・地区決定を担当細胞にストレートに持ち込み、数字成果のみを追及する誤りを犯し続けていた。

 

 それだけに、専従の深部には、「レーニン神話」を信仰した非合法・半非合法意識が残存している。レーニンは、プロレタリアートの独裁権力は、いかなる法の拘束も受けないとした。その超法規的存在が共産党である。よって、専従たちは、建前として、憲法・民法を尊重するが、自分たちが支給される生活費が、民法上の雇用契約に該当するのか、それとも、有償委任契約にあたるのかなど考えもしない。

 

 私も裁判を始める前の民青・共産党専従15年間でそれを意識したこともなかった。他政党の専従・職員は、当然、雇用契約者だと認識していると思われる。よって、日本共産党の専従認識から見て、今後、志位・市田・不破らを民法無視・違反犯罪指導部党内ワーキングプアひた隠しにする財政特権享受者して、専従による内部告発が激発することはありえない。私のように、専従解任という報復を体験し、民事裁判を提訴するシーンにならない限り、市民権に目覚める意識革命は起きない。

 

 また、現在の共産党専従は、羊たちの沈黙強制されているからでもある。沈黙を破れば、瞬時に専従解任の報復をうけ、自分と家族を路頭に迷わせるからである。私も裁判後、就職先を必死で探したが、アカの専従で42歳では一つもなかった。やむなく、自宅で小中学生相手の学習塾を開いた。

 

 2、日本共産党との裁判における宮地主張=雇用契約者

 

 問題の基本は、1977年、宮地40歳専従給料・内容の性格をどのような法的地位とするかだった。

 原告側物的証拠として、市販の給与支払伝票を添付した。基本給一律70000円、年齢給29500円(1年750円の割合)党専従歴給13000円(1年1000円の割合)で、合計112500円の給与支払事実がある。党員カンパによる夏冬各1カ月112500円の一時金があった。

 

 そこから、健康保険料3822円、厚生年金保険料4459円、所得税2820円、県市民税1650円が差し引かれている。臨時として、党員カンパによる夏冬各1カ月112500円の一時金があった。満40歳で手取り99749円だが、常時遅配だった。年収は112500円×14カ月間≒160万円になる。雇用保険料は、共産党が掛けていないので引かれていない。退職金・残業手当はない。

 

 これは、まさしく、民法契約条項内の雇用契約者であることの完全証明である。雇用保険料源泉徴収・退職金・残業手当がないのは、日本共産党が、戦前・戦後とも、非合法→半非合法→合法政党となっても、専従給料を「活動費」とすり替え、市民権としての雇用契約者の生活費と作為的に認めなかったからである。

 

 3、法的地位にたいする共産党の無回答=沈黙・隠蔽とその本音

 

 宮本顕治は、党内正規会議における私の10回以上に及ぶ赤旗一面的拡大の誤りに関する党中央批判発言にたいし、報復の専従解任をした。私は、その報復手口を規約における批判の自由条項違反とし、党内で意見書・質問書・調査要請書・第14回大会上訴書など25通を党中央に提出し、1年8カ月間たたかった。妻も、専従解任を疑問とし、宮本委員長宛に質問書6通を出した。それらは完璧なまでに握りつぶされた。妻には、党中央訴願委員会の受領書のみが6回送られたが、私の25通には一度として受領書も来なかった。

 

 挙句の果てが、1977年第14回大会上訴書の取り扱いが、上田耕一郎党大会議長による無審査・無討論・30秒却下だった。党中央批判専従は、党内にいる段階でも、反党分子扱いにするのが、宮本顕治・不破哲三・戎谷春松・上田耕一郎らによる民主集中制の犯罪的運営実態だと悟った。私にたいする政治的殺人者はこの4人である。上田耕一郎の多重人格については別ファイルで分析した。

 

    第5部2『上田耕一郎副委員長の多重人格性』

 

 この党内殺人犯罪にたいする解決手段は、党内で完全に封殺された。それでも、なお、たたかうとすれば、民事裁判提訴しかなかった。宮本不破らは、びっくり仰天し、真っ青になった。なぜなら、無契約・無権利・ワーキングプア専従という民法違反の犯罪実態などが、裁判によって暴かれる危険が出たからである。

 

 まず、彼らは、この宮地提訴を、門前払い却下にさせようと、裁判長にたいし、3つの手口で必死に策動した。

 

 〔手口1〕、国際共産主義運動において、共産党員が党中央を裁判に提訴したケースは一度もなく、前代未聞の提訴だから、即時、門前払い却下をせよ。党中央代理人の愛知県常任委員2人と党員弁護士2人の4人が、本人訴訟で弁護士なしの私と裁判長を睨みつつ、大声で口を揃えて何度も喚き立てた。裁判長は、却下理由にもならない荒唐無稽の論理にあきれた顔をした。私は、なるほど国際共産主義運動史上で初めてのケースなのかと教えられ、4人の喚き顔を見返していた。

 

 〔手口2〕、宮本不破は、訴状が被告・共産党に届くと同時に、私を深夜に除名し、翌早朝6時に来て除名通告を読み上げた。除名理由は、名古屋地裁に訴えた行為は、党内問題を党外にもちだした党破壊の反党活動だとするものだった。資本主義世界において、憲法の裁判請求権行使を理由として、会社員・結社構成員を除名したのは、日本共産党以外に一つもないであろう。これは、日本共産党が、レーニン型の超法規・憲法違反の犯罪政党であることの具体的証拠となった。共産党側4人は、宮地は除名済みなので、もはや共産党員でなく、民事訴訟法上の当事者適性を失っているので、即時門前払い却下をせよと何度も主張した。

 

 〔手口3〕、裁判長が、共産党側主張を問題外のレベルとし、具体的な仮処分審尋に入ったので、宮本不破らは慌てふためいた。そこで著名な学者党員・名古屋大学憲法学教授長谷川正安命令し、意見書を提出させた。彼は、3点の驚くべき反憲法的主張をした。()生活費給料とその金額支払事実を故意に全面無視した。それを認めれば、宮地が主張する憲法上の市民権存否問題になるからである。その上で()専従解任は、党内の任務変更にすぎないから、憲法の結社自由権により、党内問題にたいする司法審査権はなく、門前払い却下をすべきである。()政党は単なる一私的結社でなく、憲法において特別の地位を占めるので、政党の内部問題には司法審査権が及ばない。よって、即時門前払い却下をせよと主張した。

 

 私は、〔手口2〕にたいし、提訴後除名などは無効とする追加訴状を提出し、宮本不破の民事訴訟法違反犯罪を暴露し、たたかった。また、〔手口3〕にたいし、長谷川正安反憲法的主張を検証する準備書面を何通も提出した。

 

 裁判長は、当然ながら、これら3つの手口をまるで認めなかった。荒唐無稽の論理、見え透いた提訴後除名による当事者適性剥奪、憲法学者党員の反憲法理論などを問題にもしないで、具体的な裁判審理に入った。

 

 よって、宮本不破らは、裁判審理において、打つ手がなくなってしまった。窮地に陥った彼らは、2つの対応作戦に出た。

 〔対応1〕、裁判長が被告共産党に何度も問いかけた。原告宮地は、雇用契約者と主張し、報復の専従解任無効としている。被告共産党は、原告との関係を雇用契約と認めるか。それにたいし、被告共産党は、雇用契約と認めないと回答した。

 

 〔対応2〕、裁判長は、それなら、被告共産党は、その支払金額にたいしいかなる民法契約と主張するのかと質問した。私が市販給与明細書という完全な物的証拠を訴状に添付しているので、被告側はその金額と支払事実を否認できようもなかった。裁判長の常識として、資本主義日本でその支払事実がある以上、それは民法契約条項のいずれかに該当するとしていた。被告共産党は、困り果てた。そこで、逃げの一手として、次回の準備書面で回答すると返事をした。ところが、9回9時間の仮処分審尋で毎回、この問答が繰り返されたが、結局、被告側は、どの契約に該当するのかについて無回答を押し通した。その本音については、下記で分析する。

 

 4、名古屋地裁仮処分決定の内容=有償委任契約者

 

 裁判長 は、私にたいし、愛知県勤務員・専従の勤務・活動実態、給料支払内容、雇用保険料・退職金・残業手当有無などについて、いろいろ質問した。ただ、私は、提 訴にあたって、民法を付け焼刃的に猛烈な勉強をしたが、県常任委員会との関係は、雇用契約だと思い込んでいた。民法解釈として、雇用契約以外に、有償委任 契約という解釈もありうるとは考えもしなかった。よって、その関係において、上意下達実態、専従解任・任務変更決定権、給料体系決定権がなく、あらゆる面で対等平等でない実態を正確に主張することに欠けていた。これは、裁判における私の最大の失敗・手落ちだったと反省する。

 

 弁護士なしの本人訴訟だっ たので、この手落ちが生れた面もある。ただ、多くの人から支援カンパを頂いたが、私の収入がなくなり、生活費の借金が膨らむばかりだった。弁護士を頼む費 用もなかったし、ましてや、日本共産党との裁判という前代未聞の訴訟を引き受けてくれそうな弁護士もいなかったからである。

 

 原告宮地側主張内容の手落ちにより、その結果が、有償委任契約者という仮処分決定になった。詳しくは別ファイルに載せたので、簡潔に決定文内容を載せる。

 

 県勤務員は、その勤務の実態に即して考えると、労基法の適用を受ける雇用契約関係にあるとすることは困難であって、むしろ、委任契約ないしこれに類似する法律関係と認めるのが相当である。本件解任処分は法的には有償委任契約の解除権の行使である。

 

    第8部『世界初・革命政党専従の法的地位判例』

 

 5、本訴訟の宮地主張=雇用契約者、認められなければ、有償委任契約者

 

 私は、上記の実態から、有償委任契約者という名古屋地裁決定を認められなかった。そこで、本訴訟に踏み切った。最初、仮処分にしたのは、この提訴が裁判になるかどうか分からなかったし、決定が出るまでの期間が短いと判断したからである。本訴訟で最後までやれば、10年前後掛かるからである。

 

 憲法学者長谷川正安党員の意見書は、驚くべき反憲法理論だが、一つだけ参考になったのは、仮定主張=二段階主張のテクニックだった。本訴訟に当たって、専従解任の正当事由の存否にまで審理が入れるように、次の主張をした。

 

 労基法適用の雇用契約である。仮にそれが認められない場合でも有償委任契約であると、二段階主張をした。

 

 1979年1月9日、『解雇無効等確認請求事件』の第1回口頭弁論が、名古屋地裁第24号法廷で開かれた。それは、名古屋地裁旧建物で傍聴席30以上の大きな法廷で始まった。裁判長は同じ人物だった。原告は弁護士なしの私一人で、被告共産党は仮処分と違うメンバーの県常任委員・組織部長(反党分子対策責任者)1人と党員弁護士3人の4人だった。傍聴席には誰もいなかった。支援者の現役党員多くが傍聴に行くと言ってくれた。しかし、原告側支援者として傍聴席に座れば、瞬時に査問・処分されると分かっているので、丁重に断った。

 

 本訴訟の第2回口頭弁論日時が決まった。一方、この1年半で、生計は加速度的に逼迫してきていた。妻一人の収入だけで、家族4人の生計を立てており、借金は80万円以上に膨らんできた。これは、私の専従手取り収入毎月10万円弱の、8カ月分になった。本訴訟を数年間続ければ、生計が完全に破綻することは目に見えていた。この「生計の限界」により、まったく残念だったが、本訴訟取り下げを決断し、1979年3月8日、「訴訟取り下げ準備書面」を名古屋地裁に提出した。3月16日、「赤旗」は、「反党分子宮地、裁判取り下げ」記事を、勝ち誇ったように掲載した。

 

 6、フォンフォン見解=雇用契約・雇用保険料・最賃法・10万円嘘→その破綻と撤退

 

 フォンフォンは、6日間で9回登場し、精力的に私と私のデータを攻撃した。彼の攻撃で当たっていたのは、私の不破哲三34年間の累計収入だけである。累計金額は、私の誤りであり、上記の訂正をし、毎年のようにお手盛り値上げされている歳費の累計は意味がないので、別ファイルから削除した。岡野進は何回も登場しているが、その根拠隠しの攻撃と比べ、彼は具体的な数字を挙げた。現在70歳の私が、20歳代と名乗る彼の論調にまともに反論するのは、大人気ない気もする。しかし、彼がいくつも挙げる他のデータは根本的な間違いなので、正確に反論しておく必要がある。

 

    yahoo掲示板・日本共産党『川柳でひねって見よう共産党』314以降のフォンフォン

           彼の9件№314、321、332、337、347、351、359、361、364

 

 ()フォンフォンは、友人だとする専従の支出額をデータとして具体的に挙げたが、その収入額に沈黙した。支出額を聞いたのなら、収入金額を聞き、それを同時に書くのは当然の攻撃スタイルであろう。それを書かないのは、専従の友人などいない証明となる。

 

 ()、現在も専従30歳代手取り約10万円情報にたいし、赤旗単価の値上げがあるから、手取り額はそれに応じて上がっているはずだとした。たしかに、上記(表2)のように、2000年に値上げした。しかし、赤旗の歯止めのない大量減紙により、値上げ増収効果分はすぐに消えた。よって、ベースアップなど不可能な財政状況が続いてきた。その(表2)データを調べもしないで、空想で手取り額が上がったと攻撃をしている。

 

 ()不破哲三歳費額について、1960年代は10万円程度とした。私が衆議院議会事務局に確かめたデータは、不破初当選の1969年の歳費は29万円だった。10万円程度29万円とではまるで違う。これも、資料を確かめもしないで、不破特権擁護のデータ偽造となる。彼は、9回において、不破特権を批判したことが一度もない。彼の狙いは、偽データを振り撒いて、不破特権批判を緩和させ、そこから目を逸らそうとすることなのか。

 

 ()、彼は、何度も、雇用契約、それによる雇用保険料源泉徴収があるはず、最賃法による行政介入があるはずとし、私のデータを嘘と攻撃した。専従の友人がいるとしているが、その専従に聞けば、それらの権利が剥奪されている無契約・無権利専従実態が瞬時に判明する。それこそ、専従友人などいなくて、彼の想像で攻撃していることを自己証明した。

 

 ()、彼にたいする多数の批判者によって、彼はようやく、共産党専従が雇用契約者でなく、有償委任契約者という法的決定と分かった。手取り10万円で暮らせないという攻撃テーマを除いて、彼の攻撃論拠は全面破綻した。そして、6日間9回撤退した。

 

 ただし、上記のように、私の主張はあくまで、専従とは共産党執行機関との雇用契約であり、対等平等関係にある会社役員・弁護士・宅地建物取引業者などとの有償委任契約者ではないという立場にある。

 

 岡野進は、1つだけデータを出したが、一般専従給料と比較できない国会議員秘書給料だった。

 ()は、専従手取り10万円がありえない根拠として、ようやく一つだけデータを出した。時期・出典を明かさないインタビュー記事にあったとし、筆坂秀世は国会議員秘書当時20万円だったとした。上記のように、一般専従と国会議員秘書とは、給料基本体系がまったく異なる。その事実も知らないで、比較できないデータを持ち出し、私と私のデータを攻撃した。