偽防空ミサイル部隊謎男組神戸支部長しばき隊論理的矛盾経歴謎解同スパイ?全解連?民商?日本共産党員不可思議経歴突然マイクで演説が東京新聞一面仕込み疑惑偽自衛官泥憲和氏検証ブログ

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2015年07月

昔日本共産党は武装闘争に走り、球根栽培法や栄養分析表なんてばらまきましたが?
六十年安保でもだいぶ火炎瓶なんか使いましたね七十年になると中核派やら過激派が爆弾闘争しましたが
腹腹時計なんてのがありましたな
八十年になっても過激派が、迫撃弾や圧力鍋爆弾なんて使いましたね
最近だと地下鉄サリンですね


追記、赤報隊事件もありましたね

別に先生の事が嫌いじゃないですよ
まあ、日本共産党のヤラセかもしれませんが、それはよくある事
べつに構いませんよ
ただ、選挙で信託を受けて、国会議員は、国民の代理人として、議会で活動するのですから
また、民意とは議決なんですよね?
選挙で勝てなかったのは民意を得られなかっただけでしょう

それがなぜ東京新聞の記事になるのでしょうか?不思議ですね

ものすごく経験不足ですがなぜ自衛官代表なんでしょうか

ホークミサイルの米国での発射演習より前に除隊それがなぜ自衛官代表になるのでしょうか

暴力には暴力でたいする


あれっ?CommentsAdd Star

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平和を望んでいないの?


嫌いな奴は出ていけCommentsAdd Star

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まさに逆さまのネトウヨ思考(笑)


どうしても正義感絡むと厄介ですね。

訂正


加筆修正しました



自分の気に入らない者を日本から叩きだせ!


ネトウヨCommentsAdd Star

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おんなじ思考回路


ネトウヨをCommentsAdd Star

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説得するのが先でしょう

なんだか本末転倒です。


訂正


加筆修正しました

説得力CommentsAdd Star

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みんな無知だなぁ、防空ミサイル部隊?

そりゃなんだ?


陸上自衛隊なら高射特科

航空自衛隊なら高射


と呼びます。


訂正


加筆修正しました


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http://ameblo.jp/kimagure-diary2011/entry-11655226562.html

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最後に、まとめをしておこう。


2-1では、
糸川英夫氏の推薦文と共に小室直樹の天才ぶりを紹介した。

2-2では、国際政治に関する著作を紹介し、戦争及び
国際法を考える上で有用なことを示した。

2-3では、至高の名著の一つ
憲法原論を紹介し、盛んになっている憲法論議への

土台を提供してくれることを示した。


2-4~は、
山本七平の発見した日本教を分析した著作を紹介した。

日本人の行動原理、つまり
日本教は、昔も今も変わっていないことを示し、

現在でも通用することを示した。


2-9~は、
小室直樹による韓非子の現代的位置づけを紹介し、腐朽した官僚制の分析に役立つこと

を示した。



さて、こうした小室直樹の著作で一貫していることは何だろうか?


それは、「社会に存在する法則を、構造機能分析を用いて分析する」ということである。



「社会には法則がある」という大発見をしたのは、
マルクス先生。


それを人間疎外(Entfremdung)という言葉を使って表現した。


マルクス継承する小室直樹は、その法則を分析しようとした。

それには、種々の方法があるが、
小室直樹社会学で研究された、

構造機能分析(structual-functional analysis)を使った。


構造機能分析とは、社会を一つのシステムだと考えて、そのシステムの制御や、


要請された機能を達成するために必要となるシステム内部の構造変動を分析する
手法

当時の
社会学では、最先端の手法だった。



小室直樹は、この手法を使って、例えば、ソ連の崩壊を予言した。

ソ連崩壊を分析した論理は、以下の通り。

社会には法則があるのだから、過去と現在の状況を参照すれば(あるいは現在の状況だけでも)、


その法則に従って、未来を予測することができる。


そこで
ソ連を見てみると、ソ連の社会には要請されている機能があるけれども、それを達成できない

でいる。


それだけでなく、社会を統合する機能も失われてしまった。


そうしたら、わざわざ社会を構成する必要が無いため、崩壊するに決まっている。(社会構造の変

動)



これが構造機能分析による社会法則の分析。



喩えるとこうなる。


地球上で、日常的な物体を持ち上げて、そのまま手を離せば、落下する。

そして、落下の位置も予測できる。それは、重力という自然法則があるから。



これと同様に、
ソ連社会に存在する法則を分析し、その行く末を予測したというわけ。


かようにして、
小室直樹は、真に社会科学の王道を歩んでいた。

社会科学者の主張は、「社会には法則があり、それは分析できるのだ」ということ。

そして、その研究結果は、より良い社会を作るためにある、という認識がある。


社会法則を知らなければ、まともな
改革・制度設計はできないのだ。

ベーコン先生の考えを使って言うと、"scientia est potentia."(知は力なり)

それ故、
社会科学は、近代社会を営む欧米では、大変に重要視されている。

他方の日本は、前
近代社会中世国家なので、社会科学は軽んじられている。

社会を作り変えよう、という
作為の契機を欠いているから、社会科学は必要無いのだ。

「俺たちゃ、俺たちの気分で好きにやるんだよ」と。


この点、そこらの暴走族となんら変わるところはない。


小室直樹日本社会から排除されたのも、またむべなるかな。


しかし、そろそろ見直すべき時だろう。


小室直樹の著作の多くには、ソ連崩壊の予言同様、種々の予言がなされている。


それは、社会法則に従ったモデルを作り、そこから得られた
論理的な帰結である。

ただのヤマ感とは違う。


そこには、膨大な資源が投入されており、高度の論理が貫徹している。


それ故、用いられているデータや挙げられている事例は古くなっていたりするけれども、



その論理構造や部分的な理論は今でも通用する部分が多い。


これを活用しない手はない。しかも、日本人向けに書かれているのだ。


小室直樹の著作を読んで、その遺産を十分に活かそうではないか。

急げや、急げ。


"Dum loquor, hora fugit."(こうして話している間にも、時間は過ぎ去ってゆく)



それと、どうやら今月末に、小室直樹に関する本が出るようだ。

小室直樹の世界―社会科学復興をめざして」

副題の通り、
社会科学復興できたら、いずれ政治音痴も解消し、


日本は「
普通の国」に向けて大きな一歩を踏み出すことができるだろう。

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小室直樹 日本教講義 投稿者 chohsuke

前回は、軽く「
日本教」の意義に触れたので、今回は「日本教社会学」の内容を。

興味があれば、上の動画もご覧になると良いと思います。


日本教徒の特徴などが、よく分かります。(人間中心主義、無規範など)

さて、「日本教社会学」の本編。

本書は、三部構成である。


第Ⅰ部は、
日本社会の戦前、戦後。

第Ⅱ部は、
神学としての日本教

第Ⅲ部は、現代
日本社会の成立と日本教の倫理。

という構成。



今回は、第Ⅰ部に焦点を当てよう。


第Ⅰ部は、戦後の日本は
民主主義ではなく、戦前の日本は軍国主義ではない、

という、今や広く知られるようになったことの分析。


日本では、
デモクラシーや自由をはきちがえられたり、言論が魔術(Magie)の園から解放されていな

い、など。


およそ30年前の著作であるが、今でも通用するから面白い。



挙げられている事例は当然古くなっているが、その論理は通用する。


例えば、こんなのはどうだろうか。


「近頃の人は、権利ばかり主張して義務をぜんぜん行わない。」



今でもこんなことを言う人はいるのではないか。



そういえば、どこかの
政権与党憲法草案者にいたっけ。

でも、これ、明らかにおかしい。



こう言ってあげるといい。



権利は主張できるからこそ権利であって、主張できない権利など論理矛盾です、と。



持っているけど、使えない権力みたいなもの。意味不明。



もう一つくらい例を挙げてみよう。



日本では、
言論が科学的ではない。

言論が科学的であるとは、自分の意見が仮説(hypothesis)の一つである、と明確に意識すること。

これがないと、
議論の積み上げなどできない。

ところが、「正論」なんて言葉、今でも使っている人がいるだろう。


ある問題に関して「正論」と言ったら、そこで
議論がお終いになってしまう。

他は全て排除。実際は、その一意性(uniqueness)が証明されたわけでもないのに。


まともな
科学者なら、こんな言葉はまず使わない。

言論が科学的でないことの一例。

これと同じようなことは、約150年前のミルの「自由論」の中に書いてある。(第2章参照)


由是観之(これによりてこれをみれば)、


日本は
民主主義どころか自由主義にすら到達していないことがわかる。

また、日本ではジョークが重要な意味を持っていない、

ということが、その重大な兆候として挙げられている。


私も仮説、あなたも仮説。どっちも所詮は仮説。


そんなに真剣にならないようにしよう、という宣言がジョーク。


これが無いということは、
言論が科学的でないことの証し。

筆者は、その昔、
ジョーカーの意味など、この本を読んで初めて知った。

なるほど~、と感銘を受けた記憶がある。



また、戦前の日本は軍国主義ではなかった、という分析をしている。

天皇絶対」と叫びながら、天皇の言うことを一切聞かない右翼軍隊など。

日本人の無
規範性を赤裸々に暴く。

戦前の
陸軍がその良い例。

陸軍が最も占領していたがったのは日本国である、ということが挙げられている。

まあ、何とも無茶苦茶な話である。


国家に属するはずの
陸軍が、反対に国家を占領しようというのだから。

まさしく革命。
クーデターではないか。

がしかし、当人達は、一向にそんなことを気にしない。


この点、
北条義時、泰時親子と同様。

これが
日本教徒。

陸軍に関するこの分析は、現在の状況に、そのまま横滑りさせることはできない。

しかし、多少の
社会学的な分析を加えると、その特徴が現在の組織にも継承されていることが判明

する(*)。



小室直樹山本七平は、これらのことを俎上(そじょう)に乗せて本論に入っていく。

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今回は、国内に焦点を当ててみよう。

読むべき本が多々あり、悩んだのだが、「日本人のための憲法原論」。

これが良いと思う。動画の中で、橋爪先生も薦めておられる。

最低でも10回くらいは読みたい著作だ。

憲法論議が盛んになっている現在、これほど適切な書物は他に中々見当たらない。

憲法とは一体何なのか?」

原理原則に遡り、本質的な部分だけを切り出して分析する、小室先生の真骨頂を見られるだろう。

小室先生の晩年の著作は、格調高い文章になっているので、

読んでいて清々しいのも特徴的だ。

個人的には、80年代の剛胆無比で蛮勇な著作も好きだが。


さて、著作の紹介に入ろう。

講義形式で進められており、大変分かりやすいのはもちろんのこと。

思わずドキッとするような質問を投げかけて来られたりして、

小室先生と対話をしているかのような臨場感を味わうことができる。

巷(ちまた)に溢れる憲法学の本なんかとは、雲泥の差である。


本書は歴史的な構成をとっている。。

それは、憲法が歴史的な所産だからだ。

憲法は、ある日、ある時、突如として現れたのではなく、長い時間をかけて、

諸々の現象が複雑に絡み合う中で生まれたきたもの。

だから、その本質を知ろうと思ったら、歴史を遡らなくてはならない。

憲法とはこういうものである、と分析的に定義を下すことはできるが、

それを知るだけでは、何も分かったことにはならないのが憲法

その背後にある、情勢や悲劇、希望、欲望など、そうしたものも同時に知らなければならないのだ。


類比を使って、書くとこうなる。

「日本人とは何か?」という問いに対して、「日本国籍を持っている人だ」と答えるのは簡単。

あるいは、「日本語を話す人だ」と答えるかもしれない。

でも、それでは何も分かったことにはならないのは明らかだろう。

日本人の本質を知ろうと思えば、やっぱり歴史を遡って行くしかない。

本書を通じて一貫した考え方は、憲法は生き物である、ということ。

憲法は生きているのか、死んでいるのか。

憲法の条文にどんな立派なことが書いてあったとしても、それが慣習として定着していなければ、

憲法は無いのと同じ。憲法は死んでいるということ。

この判定こそ、本書のアルファでありオメガであり、憲法学の最も根幹の部分である。

そして、生徒の「日本の憲法は死んでいるのか」という問いに対して、

小室先生は、日本の憲法は死んでいる、と断言する。

また、日本は、民主主義でも、資本主義でもなく、日本に憲法は無い。

日本のご臨終も間近であると言う。

では、日本の憲法民主主義を蘇らせるには、どうすればいいのか?

小室先生は答える。

「現実を直視しなさい」と。

最後に、丸山眞男の言葉で締めくくる。

民主主義をめざしての日々の努力の中に、初めて民主主義は見出される」。


以上が、本書の大まかな内容である。


日本は、民主主義であり資本主義である、なんてことは、小中学校の教科書の中だけのこと。

今や常識となりつつある。

議会もある、成文憲法もある、選挙もやっている。

でも、民主主義ではない。

これらがあるだけでは、民主主義ではない。

エジプトベネズエラなんかにもあるが、まさかこれらの国々を民主主義だという人はいないだろう。

日本も同様で、民主主義に必要な部品はいくつか存在するが、

根本的なものがいくつも欠けている(*)。

民主主義である、ということと、かなり民主主義に見えるということの間には、大きな壁がある。

これらの2つは、全く異なったものなのだ。

毫釐(ごうり)の差は千里の謬(あやま)りの一例。

カール・シュミットの言う中性国家(neutraler Staat)なんて、夢のまた夢。

そんなのは妄想の領域に近い。

中世国家としてなら、実現しているのだが。

民主主義どころか、それよりずっと手前、自由主義の段階にすら達していない。

安倍首相を筆頭とする、超国家主義者(2-4参照)が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)しているのを見れば明らか。

不支持率が7割か8割くらいでもおかしくないと思うが、現実は全く逆だった。

何とも不思議な光景である。普通の民主主義諸国ではありえないことだろう。

憲法を蘇らせるには、まずは、この現実を認識することから出発するしかないのだ。

そのためにも、小室直樹博士の著作を読み返そう。

博く之れを学び、審(つまび)らかに之れを問い、慎んで之れを思い、

明らかに之れを弁じ、篤く之れを行う (「中庸」第20章)。


因みに、本書の姉妹編「憲法とは国家権力への国民からの命令である」が7月に再刊になった。

本書は、「憲法原論」だが、姉妹編は「日本国憲法」に絞ってある。

より現実に近い内容。

こちらも参照するのが良いだろう。

訂正


加筆修正しました


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今回は、お待ちかねの宗教に焦点を当ててみよう。

知る人ぞ知る「日本教社会学」。

動画の中で、宮崎哲弥氏も感慨深げに語っている。

小室直樹と仲が良かった、山本七平氏との共著。

現在の日本の状況を考えるのに、良い補助線になるはずだ。

こんな本を書くことができるのは、小室直樹をおいて他にいないだろう。

小室直樹は、どこからどう見ても、大天才。

小室直樹が天才でないのであれば、一体誰が天才なのか、教えて欲しいくらいだ。

一世紀のうちに何人もいないような、そんな天才。

数学物理学社会科学一般だけでなく、神学まで研究している。

超一流の理論家である一方、現実にも強い関心を寄せている。

使える言語も、著作から読み取れる範囲では、英語・フランス語ドイツ語ラテン語ギリシャ語

その上、漢籍にも通じている。

普通の人間にはこんなことできない。

それだけでなく、学問に必要な霊感も持っていた。

全く違う世界が見えていたはずだ。

それ故、小室直樹の著書は、他の追随を許さない発想力、分析力を持っている。

小室直樹の天才ぶりを紹介するのは、ひとまずこれくらいにしておこう。


本書は、「日本教」の概念の社会学的・神学的な基礎付けを行ったもの。

日本教」は、神に選ばれた人間である山本七平の天才的な閃きによって発見したもの。

ところが、山本七平は、はっきり言って学問のある人ではない。

山本七平の著書に書いてある内容は、面白く、よく分かる。

そこで、いざ現実に応用してみようとすると、途端に壁にぶつかる。

概念の規定が正確に為されていないため、それをどう使っていいのか分からないのだ。

「ハテ?こういう場合は、どうなるのだろうか?」と思うこと百遍。

例えば、「空気」という概念。

一体全体、「空気」の醸成は、どのような過程で起こるのか?

あるいは、「空気」の社会学的な意味とは何だろうか?など。

また、山本七平の著書には、体系性が無く、それぞれの概念同士の関連もよく分からない。

つまり、理論的な基礎が全く無いのだ。


そこを補完しようとしたのが、小室先生。


山本学の真髄「日本教」という概念がある程度分かると、様々なことがすっきりと分かる。

例えば、丸山眞男の「超国家主義者」に関する分析。(「超国家主義の論理と心理」)

丸山眞男のモデルもまた、大変わかりにくい。

文章は巧みなのだが、その論理がまことに掴みづらい。

誤解している人も、山のようにいる。

だから、一読、三読して理解できなくても気にしなさんな、お若いの。

しかし、「超国家主義」を「日本教」、「超国家主義者」を「日本教徒」と置き換えてみると、

あっという間に理解できてしまう。

アラ、不思議。

因みに、この分析のエッセンスは、以下の通り。

戦前の日本には、欧米で言うような ultra-nationalist というのは、存在しなかった。

日本では、国家的なものと私的なものとが分離しておらず(つまり国家の領域が確定していない(*))、

本来の国家主義(nationalism)など存在しなかった。

だから、それを「超える」もなにもないし、超国家主義などというものは存在しなかった。

超国家主義者の正体は、実は、そもそも原理原則や主義などを持たない人々だった。


というもの。

これを機に、読んでみてはいかがだろうか。

戦前と変わらない光景に驚くかもしれない。

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今回は、国内に焦点を当ててみよう。

読むべき本が多々あり、悩んだのだが、「日本人のための憲法原論」。

これが良いと思う。動画の中で、橋爪先生も薦めておられる。

最低でも10回くらいは読みたい著作だ。

憲法論議が盛んになっている現在、これほど適切な書物は他に中々見当たらない。

憲法とは一体何なのか?」

原理原則に遡り、本質的な部分だけを切り出して分析する、小室先生の真骨頂を見られるだろう。

小室先生の晩年の著作は、格調高い文章になっているので、

読んでいて清々しいのも特徴的だ。

個人的には、80年代の剛胆無比で蛮勇な著作も好きだが。


さて、著作の紹介に入ろう。

講義形式で進められており、大変分かりやすいのはもちろんのこと。

思わずドキッとするような質問を投げかけて来られたりして、

小室先生と対話をしているかのような臨場感を味わうことができる。

巷(ちまた)に溢れる憲法学の本なんかとは、雲泥の差である。

本書は歴史的な構成をとっている。。

それは、憲法が歴史的な所産だからだ。

憲法は、ある日、ある時、突如として現れたのではなく、長い時間をかけて、

諸々の現象が複雑に絡み合う中で生まれたきたもの。

だから、その本質を知ろうと思ったら、歴史を遡らなくてはならない。

憲法とはこういうものである、と分析的に定義を下すことはできるが、

それを知るだけでは、何も分かったことにはならないのが憲法

その背後にある、情勢や悲劇、希望、欲望など、そうしたものも同時に知らなければならないのだ。

類比を使って、書くとこうなる。

「日本人とは何か?」という問いに対して、「日本国籍を持っている人だ」と答えるのは簡単。

あるいは、「日本語を話す人だ」と答えるかもしれない。

でも、それでは何も分かったことにはならないのは明らかだろう。

日本人の本質を知ろうと思えば、やっぱり歴史を遡って行くしかない。

本書を通じて一貫した考え方は、憲法は生き物である、ということ。

憲法は生きているのか、死んでいるのか。

憲法の条文にどんな立派なことが書いてあったとしても、それが慣習として定着していなければ、

憲法は無いのと同じ。憲法は死んでいるということ。

この判定こそ、本書のアルファでありオメガであり、憲法学の最も根幹の部分である。

そして、生徒の「日本の憲法は死んでいるのか」という問いに対して、

小室先生は、日本の憲法は死んでいる、と断言する。

また、日本は、民主主義でも、資本主義でもなく、日本に憲法は無い。

日本のご臨終も間近であると言う。

では、日本の憲法民主主義を蘇らせるには、どうすればいいのか?

小室先生は答える。

「現実を直視しなさい」と。

最後に、丸山眞男の言葉で締めくくる。

民主主義をめざしての日々の努力の中に、初めて民主主義は見出される」。

以上が、本書の大まかな内容である。


日本は、民主主義であり資本主義である、なんてことは、小中学校の教科書の中だけのこと。

今や常識となりつつある。

議会もある、成文憲法もある、選挙もやっている。

でも、民主主義ではない。


これらがあるだけでは、民主主義ではない。

エジプトベネズエラなんかにもあるが、まさかこれらの国々を民主主義だという人はいないだろう。

日本も同様で、民主主義に必要な部品はいくつか存在するが、

根本的なものがいくつも欠けている(*)。

民主主義である、ということと、かなり民主主義に見えるということの間には、大きな壁がある。

これらの2つは、全く異なったものなのだ。

毫釐(ごうり)の差は千里の謬(あやま)りの一例。

カール・シュミットの言う中性国家(neutraler Staat)なんて、夢のまた夢。

そんなのは妄想の領域に近い。

中世国家としてなら、実現しているのだが。

民主主義どころか、それよりずっと手前、自由主義の段階にすら達していない。

安倍首相を筆頭とする、超国家主義者(2-4参照)が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)しているのを見れば明らか。

不支持率が7割か8割くらいでもおかしくないと思うが、現実は全く逆だった。

何とも不思議な光景である。普通の民主主義諸国ではありえないことだろう。

憲法を蘇らせるには、まずは、この現実を認識することから出発するしかないのだ。

そのためにも、小室直樹博士の著作を読み返そう。

博く之れを学び、審(つまび)らかに之れを問い、慎んで之れを思い、

明らかに之れを弁じ、篤く之れを行う (「中庸」第20章)。


因みに、本書の姉妹編「憲法とは国家権力への国民からの命令である」が7月に再刊になった。

本書は、「憲法原論」だが、姉妹編は「日本国憲法」に絞ってある。

より現実に近い内容。

こちらも参照するのが良いだろう。


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http://plaza.rakuten.co.jp/da110011/diary/201407010000/





新戦争論CommentsAdd Star

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さて、今、小室直樹の著作を読むなら、何が良いだろうか。

今回は、国際政治に焦点を当ててみよう。

まず、動画の中でチラッとだけ出てくる「新戦争論」。

それと「世紀末・戦争の構造 国際法知らずの日本人へ」。

この2冊が良いだろう。

シリア問題、及び、もっと一般の国際関係をを考える上でのヒントが隠れているはずだ。


それぞれ、簡単に内容を書き留めておこう。



「新戦争論」は、真の平和主義者たる者、如何にすべきか?を研究した著書である。

特徴は、文明史的な本質にまで遡って考察していること。


小室先生達は、空想的な平和主義者が戦争を起こす、という命題から出発する。


そして、戦争も平和も"制度"であり、高度な文明の所産である、という大前提を深く掘り下げる。


最後に、真の平和主義者のあるべき姿を提示する、という内容。


「新戦争論」は、小室先生とホセ・マリア・アラネギ氏らとの共著。


このホセ氏は、天下の木鐸(ぼくたく)であり、真のエリートである色摩力夫氏。


色摩氏は、この当時、現役の外交官であったのでペンネームでの共著。


色摩氏は、英語、フランス語ドイツ語スペイン語国際法に深く通じるのはもちろん、


歴史に対しても透徹した目をお持ちだ。


それ故、条約の訓詁(くんこ)に陥ることなく、国際的な水準で、戦争・国際法の本質的な部分を論じている。


今の日本に100人くらい色摩氏のような外交官がいれば、英仏でさえも目じゃない。


とてつもない外交大国になっているだろう。


そんな色摩氏と、社会科学の大天才の共著である。


画期的な著書にならない道理があるはずがない。


また、「紛争は解決されるべし」という文明の鉄則が強調されている。


これは、シリア問題にもそのまま適用できる。


シリアなんて、日本人からしてみたら、遠い異国。大した外交関係があるわけでもない。


そんな場所での紛争なんて、放っておけばいいじゃん。

と、こう感じる方、感じていた方もいるかもしれない。

がしかし、国際社会とは単純なものではない。

シリアの紛争が、日本に直接的な効果を及ぼすことはないとしても、間接的な効果を及ぼすことはありうるのだ。

「俺、関係ねーもん」と思っていても、巡り巡って、その波及効果が襲いかかってくる。

紛争を放っておくと、国際社会自家中毒に陥り、挙げ句の果てに日本にまでその毒が回ってくるのだ。


それは、今の日本の状況を見れば分かるだろう。


「紛争は解決されるべし」とは、文明の鉄則である。

今後、サイバー戦争も起きるかもしれない。

しかし、それも舞台が変わり、戦争の方法が変わるだけのこと。

その場合でも、本書の内容は失われることはない。

戦争よりも、合理的かつ実効的な制度ができあがらない限り、戦争は無くならないからだ。

この先、数十年程度では、人類はとてもそこまで辿り着かないだろう。

それ故、何度も繰り返し読む「古典」として位置づけるのにふさわしい。



世紀末・戦争の構造 国際法知らずの日本人へ」は、国際法をその根源にまで遡って研究した著書である。

国際法は、どこから、どのようにして生まれたのか?

歴史的な構成を取りながら、比較宗教分析の手法を織り交ぜて、大胆かつ精緻に分析する。

出生の秘密(status nascens)にまで遡って、国際法を徹底的に解剖する。

そして、戦争の意味の変遷についても論ずる。

最後は、湾岸戦争の分析、という内容。

国際法は、第二次世界大戦後も、その本質においては変化していない。

未だ、国際社会には、各主権国家よりも、上級の権威の存在が無い。世界連邦も存在しない。


国際司法裁判所なども強制力を持たない。判決を出してお終い。その判決を強制することはできない。


制定された条約や下された判決も、それが法になるとは限らない。


しっかりと法になれず、消えて行く場合(désuétude)も多々ある。


そうするうちに、定着したものが国際法になる。


それ故、国際法は、本質的に(intrinsically)慣習法にならざるをえない。


主権国家よりも上級の権威が出現し、なおかつ、それが正統性を有して存続しない限り、


国際法は、本質的に慣習法のままである。


また、小室先生は、湾岸戦争フセインの行動とその世界史的意味を分析する。


そこで、それまでの国際法(列強意志は貫徹される)が吹っ飛んだことを指摘している。


そして、米ソ列強政治が終焉し、危機の時代が到来することを断言している。


流行の言葉で言えば「Gゼロ」の時代の到来。


まさに、今の状況である。


この危機の時代、ここまで正確に見通していた小室先生ならば、どんな提言をなさるのか。


もはや聞くことができないのは、誠に残念である。


これを出発点として考える他ない。


以上、ざっと見た通り、小室直樹博士の著書は、今でもその価値を失っていない。

それどころか、国際社会が手に負えないほど複雑になった今こそ、

小室直樹博士の著書を読んで、その原理原則から考え直す必要がある。

故きを温めて新しきを知る(「論語」為政篇)。


訂正



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